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産学連携の共同研究がみせる実験までのスピード感。小型宇宙機の通信を守る

NewSpaceセキュリティプロジェクト

安全なデータ利活用チーム
2022年8月、オンラインミーティングにてインタビューを行いました。
インタビュー参加者:
  • インターステラテクノロジズ株式会社 シニアフェロー 森岡 澄夫 氏
  • 法政大学 情報科学部 教授 尾花 賢 氏
  • 国立研究開発法人情報通信研究機構 サイバーセキュリティ研究所 セキュリティ基盤研究室 主任研究員 吉田 真紀

※所属・役職等はインタビュー当時のものです。

プロジェクトの概要

宇宙ならではのセキュリティ技術の課題をみつけて

ーーはじめに、このプロジェクトの概要についてお聞かせください。
吉田「このプロジェクトはNewSpace(民間事業者による宇宙開発)を対象にした、インターステラテクノロジズ(IST)様、法政大学様との共同研究で、小型宇宙機の乗っ取りを防止し、そこから伝送される貴重なデータを守ることを目的としています。飛行の安全確保は公共の安全に直結しますし、学術的にも商業的にも貴重な宇宙データを守ることは、宇宙ビジネスの活性化のために必要不可欠なものです。宇宙におけるセキュリティを考えるとき、地球上のシステムとは違った固有の課題や解決法があると考えており、セキュリティ分野や宇宙分野におけるこれまでの通念にとらわれず、問題の本質から考えていくことが重要だと思っています」

ーーどのようなきっかけでプロジェクトがはじまったのでしょうか。
尾花「森岡さんとは元同僚で、当時から宇宙に興味を持っていることは存じ上げていました。ISTに移られたあと、学会でお会いしたのがきっかけです。私が情報理論的に安全な暗号技術をテーマとして吉田さんとも共同研究を行ってきており、また、吉田さんと森岡さんは学生時代からの知り合いであると聞いたので、ロケットのセキュリティを考えるならこの3人で何かできるんじゃないかと思い、学会の直後に法政大学に集まって話が進みました」

活動の紹介

思い立ったらやる。スピード感のある実証実験の先に

ーープロジェクトが始動した翌年の2019年7月には観測ロケット『宇宙品質にシフト MOMO3号機』で通信セキュリティ技術の初期実験に成功、さらにその1年後にはMOMOv1で情報理論的に安全な実用無線通信に成功するなど、短いインターバルで実証実験を行い、成果が出ていることに驚きました。
森岡「我々のユニークなところは、思い立ったらやる、ということでしょう。このスピードの速さがNewSpaceの良さでもあります」
尾花「走りながら考えるタイプの共同開発ですね。考えた方式をすぐにISTさんのロケットに搭載してもらって、実機で有効性を確認できるのは本当にありがたいです」
森岡「やってみることによって、想定していたこととは違う問題が見つかった、というのがたくさん出てきます。考えることも大事ですが、いろんな問題を早期に洗い出さなければ、いつまでも実用化に近づかない。それが研究のブラッシュアップにもつながりますから、とても理想的なやり方になっていると思います」
尾花「最初に飛行したとき、情報理論的に安全な方式の一番の課題が、データの送受信で同じ鍵を使っていることをどう保証するかということでした。地上でやっていると簡単に見えるのですが、宇宙では意外と難しいのです。実証実験までのスピード感とそこで得られたデータにより、机上で考えたことがどんどん磨かれていっています」

観測ロケットMOMOv1「ねじのロケット(MOMO7号機)」(2021年7月)
©Interstellar Technologies

プロジェクトの方針

実験成果を公開することで、NewSpaceコミュニティへの貢献も

ーー打ち上げに失敗したとき(『ペイターズドリーム MOMO4号機』、『えんとつ町のプペル MOMO5号機』)にも思わぬ成果が得られたと先ほど吉田主任研究員にうかがいました。
吉田「想定外の状況になってもセキュリティ回路はちゃんと動いていたというお話ですね。私は、ロケットは地面から離れさえすれば、どこまで飛んだ、どんな飛び方をしたかは関係なく実証実験の1事例として成功だと思っています」
森岡「打ち上げが失敗した時でも動いていたというのは、実はとても大事な話で、正常なときに動くのは当然そうあるべきですが、異常な状況に陥ったときも被害の拡大をふせぎ安全を維持するために通信は切れないようにしないといけません。想定外の軌道になったときもセキュリティの信頼性が落ちなかった実証にもなり、実用化にあたってとても価値の高い実験になったと思います」
尾花「机上でいろいろ考えるのは誰でもできますが、考えたことを実機に積んで飛ばせる環境が与えられているのは非常に恵まれているなあと思っています。このプロジェクトは自分たちが考えたことを実証できるいい機会ですが、ロケットを飛ばす機会がない人たちに対して得られた知見を公開することで、NewSpaceコミュニティに貢献できればと思っています」

ーーISTでは飛行データも公開されているとのことですが、それは日本がこの分野で世界と対等にやっていく、あるいはその一歩先を行くという思いが込められているということでしょうか。
森岡「まさにおっしゃるとおりです。我々は民間企業なので営利団体ではありますが、一企業の利益の観点だけで話をしていると産業は広がりません。もちろん、営利企業の側面はありますが、日本にNewSpaceを根付かせるという使命もISTにはあると思っています。だからこそオープンな戦略をとっていますし、NICTや法政大学との共同開発もそうですが、多くの外部機関や社外協力者と良い関係を築いてこの分野の発展につなげる、というスタンスでいます」

実証実験に用いた開発技術のプロトタイプ通信装置(2021年7月)
©Interstellar Technologies

今後の展望

実用化のフェーズへ。宇宙開発の将来に当事者として貢献していく

ーー昨年のMOMOv1での実証実験では、最も高いセキュリティである情報理論的安全性で通信の秘匿・認証を実現できる、ということを実用速度(512kbps)で確認されたとのことですが、今後はどのようなフェーズに入っていくのでしょうか。
森岡「昨年の実証実験では、クリティカルではない一部データのみに適用しましたが、地上からロケットへ送るコマンドやロケットから地上へ送る位置データなど、きわめてクリティカルな情報の通信が次の目標になります。つまり、実証実験の段階を過ぎて実用化のフェーズに入っていきます」
尾花「電子装置は、ロケットや衛星に搭載するほうが、地上よりもはるかに故障しやすい状況になります。ロケットの飛んでいる時間はせいぜい数時間、地上での待機時間を含めても数日ですが、衛星になると長ければ数年間になる。今後はそういったところにも挑戦することになると思いますが、長期にわたって故障に耐えるセキュリティ回路を衛星に載せるとなると、これまでとはちょっと違う設計思想が必要で、使う暗号技術も変わってくると考えています」
森岡「民間での宇宙開発が活発化したことで、この5年、10年で世界が劇的に変わりました。打ち上げられる衛星の数が一気に増え、地球の観測・通信に宇宙を幅広く使う動きが急加速しています。そのような状況のいま、お二人が研究されている情報理論的安全性や新しいセキュリティのコンセプトを弊社の宇宙機に導入できるというのは、ベストタイミングだと思います」
吉田「インターネットの起源は米国が資金を出して開発された閉じたコンピュータネットワークでした。それが世界中、そして民間に開かれ、さまざまな関連技術や研究が花開いてきました。現在の宇宙における研究開発はまさに同じ状況であると感じています。国が中心を担ってきた宇宙開発が、ようやく民間でできるようになりました。そうすると、インターネットがたどったようなことが起きてくるのではないでしょうか。我々はインターネットのはじまりを実際に目にしたことがなかったわけですが、NewSpaceに関してはその変わりゆくさまを今まさに目にしています。そして、自分たちがそこで何らかの貢献をし、考えたものが宇宙で利用されることを見届けられる喜びを日々感じています」

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